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2011年2月15日すべての始まりはここからだった。
リビア東部にある街ベンガジは、首都トリポリに次ぐリビア2番目の都市。
ここで2月15日にとあるデモが始まった。このデモは、90年代にトリポリにある、アブースリーム政治犯収監刑務所で起きた1200人の政治犯の虐殺に抗議するデモであった。
このデモはベンガジにある裁判所の前で、遺族や弁護士らが定期的に行っていたもので、それほど珍しいものではなかった。しかし、これまでと違ったのは当時アラブ諸国は「アラブの春」を迎えていたのだ。
それが原因でこのデモは一気に盛り上がり、遺族や弁護士以外にも周辺住民を巻き込み、政治的なものへと変貌する。その結果、警察や治安部隊はデモ隊を鎮圧させるため、催涙弾をはじめとした武力を行使してきた。しかし、催涙弾ではデモ隊を解散させることはできず、当局は実弾の発砲を始めた。その際に死者数人を出してしまう。
また、これもリビア国内ではそれほど珍しい出来ごとではなかっただろう。しかし、この事件の一部始終を当時現場に居合わせた人が携帯電話のカメラで撮影し、インターネットの投稿サイトにアップしていた。
この動画がリビア国内を初め、アラブ諸国で注目を浴びる。その結果、正式には2月17日に反カダフィデモがベンガジで始まったのだ。これを皮切りにリビアの主要都市での反カダフィデモが展開される。
当時反カダフィデモで一番盛り上がりを見せたのがベンガジであった。ベンガジでのデモは日々繰り返し行われ、数万人のデモ隊が反カダフィを叫び街を歩いた。しかし、反体制デモが、非武装で平和的なデモ行っていてもそれを黙って見ているほど、カダフィ政権は甘くない。当局は徹底的にこのデモ隊を武力で鎮圧させようとしたが、無理だった。
数日後にはベンガジは軍隊を含むすべての政府機関を反カダフィ派に制圧され、ベンガジで国民暫定政府が立ち上がった。そして、反カダフィの波はリビア全土を覆い、同年8月20日には首都トリポリを解放し、10月20日リビア中部のシルトにて42年間リビアを統治していたカダフィが死亡し、最低3万人、最高5万人の死者を出したリビア革命は終了した。

これまでは、実際にリビアで起きた事実を書いたまでに過ぎない。日本でもこれらの事実は報道された。しかし、私が考える本当の革命はこれからだと思う。
リビアには憲法も、議会も、議員もいない。政治方針も決まっていない。国民はこの42年間選挙をした事が無い。民主化が成功したとメディアでは聞くけれど、国民はどのようにして民主化を進めればいいか本当に理解しているのだろうか?革命戦争で捕虜になった人々はどのように裁かれるのか?海外から報酬を求めてリビアで民間人を殺害した傭兵たちの裁判は?
考えるだけでも嫌になるほど、現在暫定政府が抱えている問題は山積みだ。しかも、これは氷山の一角にすぎない。見えない未来のために、暫定政府を初め、国民が一丸にならないとリビアの未来は明るくはならないだろう。
2011年2月15日に始まったデモから早、一年がたった。問題は山積みだが、一筋の光がリビア第3の都市ミスラタでみえた。それは42年間ぶりに地方選挙がつい先日行われたのである。これを皮切りにリビア全土での選挙が始まり、6月に新しいリビアのための選挙が始まる。
HANA.BIでは、どこよりも早く個人的に得た情報を書き記しながら、みなさんと一緒に今後のリビアについて考えていきたいと思う。

  • 七田ゆり

    たくさん、反政府軍の蛮行についての情報が流れています。元NATOの司令官、ウェスリークラーク氏は、911の10日後にアメリカがリビアとシリアを侵略する計画を既にしていた事も発表しています。nato軍がトリポリで1300人虐殺した事も報道され、カダフィー派のアブスリムの貧しい住民もnato軍に虐殺されていますが、その事はどう説明なさいますか?カダフィー派のハネシュ准将は、反政府軍に暴行を受けているようですし、カダフィーを指示するリビア人は、処刑されたり、リンチされたり、レイプも受けるそうです。隣人を密告すると、反政府側からお金ももらえると言います。アメリカもアルジャジーラも反政府軍のスポンサーです。当然自分たちに都合のいい事しか報道しません。もっと公平に情報を集めて下さい。カダフィー大佐は、独裁政権であったかもしれませんし、完全ではなかったかも知れません。しかし、アフリカ合衆国建設と、アフリカ独自の通信の為の衛星打ち上げ資金の大半をバックアップしています。これらの事を、どう解釈すれば良いのか教えて頂きたいと思います。平和の名に恥じない、リビアの民主革命と言えるのでしょうか。

  • 七田ゆり

    たくさん、反政府軍の蛮行についての情報が流れています。元NATOの司令官、ウェスリークラーク氏は、911の10日後にアメリカがリビアとシリアを侵略する計画を既にしていた事も発表しています。nato軍がトリポリで1300人虐殺した事も報道され、カダフィー派のアブスリムの貧しい住民もnato軍に虐殺されていますが、その事はどう説明なさいますか?カダフィー派のハネシュ准将は、反政府軍に暴行を受けているようですし、カダフィーを指示するリビア人は、処刑されたり、リンチされたり、レイプも受けるそうです。隣人を密告すると、反政府側からお金ももらえると言います。アメリカもアルジャジーラも反政府軍のスポンサーです。当然自分たちに都合のいい事しか報道しません。もっと公平に情報を集めて下さい。カダフィー大佐は、独裁政権であったかもしれませんし、完全ではなかったかも知れません。しかし、アフリカ合衆国建設と、アフリカ独自の通信の為の衛星打ち上げ資金の大半をバックアップしています。これらの事を、どう解釈すれば良いのか教えて頂きたいと思います。平和の名に恥じない、リビアの民主革命と言えるのでしょうか。

    • Adel

      ご意見ありがとうございます。

      まず最初にカダフィ政権が100%悪であったか聞かれれば、私の答えはNoです。
      彼が行った事の中には評価に値する政策も存在します。例えば、教育や医療の無料化は非常に評価できると思います。

      しかし、彼が行っていた教育で識字率の向上は実現しましたが、知性の育成や言論の自由などはそれには盛り込まれていません。また、医療にも同じ事が言えます。血液検査や糖尿病治療などは出来ますが、国立病院の設備を見れば一目瞭然だとおもいます。

      これが42年間で彼が行ってきた実績です。

      そのため、カダフィを総合的に評価したときに彼はリビアにとってマイナスな存在であったことは間違いないと思います。

      また、今回リビアでおこった革命が全てピープルズ・パワーで行われた聖なる戦いだった言うつもりはありません。各国の事情、国内事情、隠蔽工作などが行われたと思います。さらにはおっしゃる通り、NATO軍の攻撃により命を落とした民間人もいます。現政権が国をコントロール仕切れておらず、治安がカダフィ政権よりも悪くなっています。しかし、私が一番大事だと思うのは、国民全員が国の行く末に意見を述べられ、政治に参加する権利を手に入れた事だと思います。

      リビア人のなかには日常生活に追われて「そんなものより、仕事をくれ」、「治安が悪くなった」と嘆いている人もいます。

      そのため、今回の革命が正解だったか、間違いだったか人によって意見が違います。それでいいのです。意見が違う事を認め合い、一緒に国を作らなければいけないと認識し合わなくてはいけません。

      生温い意見かもしれませんが、少なくとも「今後状況は絶対よくなる」と信じなければ、実現できないと思いますし、なにより革命で命を落とした同胞たちが報われません。

    • Adel

      ご意見ありがとうございます。

      まず最初にカダフィ政権が100%悪であったか聞かれれば、私の答えはNoです。
      彼が行った事の中には評価に値する政策も存在します。例えば、教育や医療の無料化は非常に評価できると思います。

      しかし、彼が行っていた教育で識字率の向上は実現しましたが、知性の育成や言論の自由などはそれには盛り込まれていません。また、医療にも同じ事が言えます。血液検査や糖尿病治療などは出来ますが、国立病院の設備を見れば一目瞭然だとおもいます。

      これが42年間で彼が行ってきた実績です。

      そのため、カダフィを総合的に評価したときに彼はリビアにとってマイナスな存在であったことは間違いないと思います。

      また、今回リビアでおこった革命が全てピープルズ・パワーで行われた聖なる戦いだった言うつもりはありません。各国の事情、国内事情、隠蔽工作などが行われたと思います。さらにはおっしゃる通り、NATO軍の攻撃により命を落とした民間人もいます。現政権が国をコントロール仕切れておらず、治安がカダフィ政権よりも悪くなっています。しかし、私が一番大事だと思うのは、国民全員が国の行く末に意見を述べられ、政治に参加する権利を手に入れた事だと思います。

      リビア人のなかには日常生活に追われて「そんなものより、仕事をくれ」、「治安が悪くなった」と嘆いている人もいます。

      そのため、今回の革命が正解だったか、間違いだったか人によって意見が違います。それでいいのです。意見が違う事を認め合い、一緒に国を作らなければいけないと認識し合わなくてはいけません。

      生温い意見かもしれませんが、少なくとも「今後状況は絶対よくなる」と信じなければ、実現できないと思いますし、なにより革命で命を落とした同胞たちが報われません。

  • 七田ゆり

    回答ありがとうございます。

    本当は、お会いして直にお話ししたいくらいなのですが、なんとか質問がまとまったので、恐縮ですが、次の事を教えて下さい。たくさんあって、ごめんなさい。なにしろ、日本には一切リビアの情報がありません。日本人が判断する材料があまりにも少なすぎるのです。なるべく、細かい情報が欲しいのです。

    Q1. これらの事はほんとうですか?

     貧しい者には住居の無償提供、新婚夫婦には5万ドル国から家支給。リビア人がリビアで必要な医療と教育を見つけられない場合、政府は彼らが外国へ行けるよう手配する。リビア人が車を買えば政府が半額支払う。電気代はただ。ガソリン代は0.14ドル/L。国外に行く者には旅の資金を持たせ、銀行は国有化し、ローンは無利子。農業従事者には、初期投資の家、家畜、種子、土地、器具を全て無償で提供。

     リビアの自然環境はどうでしたか?水は汚れていましたか?工業汚染による公害がひどく、体の弱い人、病気の人は多いのですか?農業は有機農業か、それとも農薬の多い化学農法?スラムはありましたか?子供の死亡率は?

    病院一つを例にとっても、病院の設備が高度である事だけが、その国の豊かさを示す物とはいえないと思います。日本の様に、原発で放射能汚染されて、その為に病院で放射線治療を受けるなんて馬鹿げた事をする必要がなく、野性的で、健康でタフな国民がほとんどならば、医療など最低限で良いと思います。部分だけを見ても、その事がリビア社会全体の中で、どういう意味をなしているか、相対的に見て初めてその国のQOLが解るのではないでしょうか。また、物事の善し悪しというのは、その人の持つ価値観に左右される物ですから、スレイマンさんが人生のどれだけの経験を通して、どれだけ世界に対して広い視野を持ち、どういう価値観を背景として良しとしているかで、貴方の語る全ての事にそのフィルターがかかってしまいますよね。例えば、インドネシアのお金持ちに日本に来て何が食べたいかと聞くと、宅配ピザだったり、ファーストフードだったりする。日本の田舎の人も同じ。彼らにとっては、こういう物が、発展のシンボルなのです。でも、東京育ちで、中流以上の人は、皆ではないけれど、お母さんが一から作る手作りピザの方が、余程豊かで、宅配ピザなんて、日本では貧しい人が食べる物だと思う人が増えています。その上、そのピザ生地の小麦粉が、自分の畑でとった物だったら、これ以上の豊かさはない。なぜかというと、日本人はお金は持っていても、家に庭のない人の方が多く、小麦はおろか、花の種を蒔く暇さえないから。そして、豊かさというのは、お金からではなく、愛と命から生まれる物だから。今の日本人は、お金や仕事は生きるに最低限で良いから、家族が仲良く生活して、心豊かに生きられたら良い、という方向に向いているのです。だから、豊かさといっても、その人の考えの背景が違うと、このように全てが逆転してしまいます。ですから、もっと受ける人が自由に意見を述べられる様に、数少ない日系リビア人として、細かい情報を提供して頂けるとありがたいのですが。そこには、反対意見も含め様々な見方が出るでしょうが、リビア人と日本人の価値観の違いなど、貴方一人では気づけない事を、他の人が気づかせてくれると思います。

    Q2. カダフィー支持者と、反逆者の価値観の違いは、何でしょうか?

     私はこれまで、カダフィーと反政府派のリビア人の気持ちについてできる限りの情報を得ましたが、カダフィーの何が問題だったか実は、全くピンとこないのです。多くの反逆者のインタビューでは、「あいつさえいなければ!」という台詞と、言論の弾圧と言う事ぐらいしか聞こえてこないのです。

     90年にNATOが爆撃をし、アメリカなどが経済制裁をする前は、それなりに国民は満足していたのですよね?カダフィーに対する国民の支持率は90%だった、という情報がありますが本当ですか?you tubeの映像を見ても、町中の人がカダフィーに手を振っていました。(これは、やらせだったのか?)それが一体どうして、これほどまでに憎い相手になったのでしょう?一説には、革命派が集会をしている国民に向かって狙撃し、それをカダフィーの仕業だとデマを流したと言う話があります。シリアもそうでしたね。シリアの、村人はアサド政府軍に殺されたのではなくて、スンニ派の人々、或はアルカイダに殺されたと報告されています。なぜなら、彼らは、ナイフで首を切られたりしており、もし政府軍の仕業なら、大砲などを使っていた筈で、こういう手口はあり得ないと報告されています。

     フランスやイギリスののフリーのジャーナリスト達はしきりにカダフィーを弁護していますし、フランス在住のリビア人初め、アフリカ系のフランス人は、しきりにカダフィー支持のデモをしています。2011年7月1日、国民600万人のうち、170万人が、トリポリの広場に集まり、政府軍から支給された武器を持ち、カダフィーとともにNATOの爆撃に挑戦する意思を表明し、この人々はかなり亡くなったのですよね。これも映像で見ると凄い熱気のある集会でしたね。

    このカダフィーファンがある一方、カダフィーが憎くて仕方の無い人々がいましたが、貴方の目から見て、ご自分達と彼らの立場、考え方の違いは何だったのでしょうか。

     カダフィーはアメリカから国際的いじめをうけて、テロの犯人に決めつけられたり、散々な目にあっています。ロッカービーだって、本当は関係のない事だったのに。そう言う訳の分からない、いちゃもんがあまりにも多いので、正直言えば、カダフィーのアブースリムの1200人の政治犯の虐殺が本当にあったのかどうかさえ、信じられないのです。西側やアメリカのスパイである国民議会や、ユダヤ人に乗っ取られてしまったアルジャジーラがでっち上げしているのではないかと。これはどういう筋からの情報でしたか?スレイマンさんは実際に、かつてからカダフィーが国民に向けて発砲した所を目撃したのですか?

    Q3. カダフィーが銀行のローンを無利子にし、アフリカ金融機構をつくり、IMFからアフリカの国々が借金をしなくて済む様にし, アフリカ合衆国運営の独自の通信衛星を打ち上げる計画の大半の3億ドルをカダフィーが資金繰し、この衛星を打ち上げるのに、アフリカ諸国は、たった一度全部で4億ドルを支払えばすみ、欧米に毎年支払っていた5億ドルを節約できる。貴方は、これをご存知でしたか?そして無能なことだと思いますか?一体この事を国民は知っていたのでしょうか?

     自由自由と言いますが、生きて行く上で、制約の無い世界など存在しません。私は今年49歳になりますが、先進国日本のバブル期から現在までずっと見て参りましたが、金融の自由化が何を起こしたかと言えば、経済破綻と、経済的暴力と、格差社会の出現だけです。人が生活するのに基本的な物質の生産量も、必需品の消費量は、今までと変わりないのに、お金がなくなって、生活ができなくなっているのが日本です。それじゃ、銀行でお金をすりましょうって?じゃあ、今までローンの利子を返すのに、あくせく働いていたのは何だったんだ?と思います。馬鹿にしてると思いませんか?それなら、始めから銀行が利子を取らなければ良い事じゃないか、銀行さえ無ければ世界は平和じゃないかと。これははっきり言って、暴力ですよ。そう考えると、カダフィーの金融政策は、なかなか画期的だったと思うのですが。

    Q4. リビア人に武器を持たせたのは一体誰だったのでしょう。不満があっても、殺したりしない国もたくさんあります。なぜ、リビア人は同じ国の人間同士で、殺しあうのですか?政府批判は、公にはできなかったと言いますが、もっと具体的にどう行われていたのでしょうか。いわゆる、ミャンマーやチベットのような恐怖政治だったのですか?

     私が今までに触れた情報からすれば、どうもリビアは随分と恵まれた国だった様に思うのです。あからさまな言論の弾圧を除けば、私の見たインドやインドネシアから比べれば、天国のようです。インドネシアの公教育なんて幼稚そのものですし、貧富の差も凄いですし、監獄なんて、それこそ否人道的な拷問に近い物があります。医療も本当にお粗末です。それに、教育に関しては日本についても言えますが、マークシート式のテスト漬けで、何の疑問も持たずに大人になるような国民だからこそ、あんな馬鹿げた原発なんかを、反対もせずに今まで来てしまったのですからね。自分達の生きている社会や、学校、行政に疑問を持ったり、異議を唱えれば、学校では仲間はずれにされる。こんな中でも、一部の人は目覚めていて周りの圧力に耐えながら、この社会に警鐘を鳴らすのですが、それでも、日本もインドネシアもインドも、武器を持って国会議員や自分の反対派を襲って殺したりはしません。それこそ、チベットなんか、中国からの弾圧で、地獄のようですけれど、彼らは焼身自殺をして、世界に助けを訴えていますが、武器は取りません。では、リビアと、日本、インドネシア、インド、チベットは何が違うのでしょうか。私的には、もしリビア人の手に、武器さえわたらなければこんなばかげた騒ぎにはならなかったのではないかと思うのですが、貴方はどう思われますか?智慧の無い者に武器を持たせる事ほど恐い者はありません。その武器を持たせたのは一体誰だったのでしょう。

    Q5. カダフィーのみならず、カダフィー派の人々も裁判もせずに暴行を加えたあげく処刑し,5万人もの犠牲者を出した国民議会政府は、戦争犯罪者ではないのでしょうか?

     カダフィーの政治犯の虐殺があったとすれば、それは人道的に赦されることではないし、そう言う形で宗教や言論の自由を制約されるのは確かに辛い出来事だったとは思いますが、そのたった一人のカダフィーを殺す為に、5万人の死者を出したというこの戦争は、れっきとした犯罪ですし、そう言う戦争に多くの国民をまきぞいにして駆り出した、国民議会政府は、戦争犯罪者として裁かれるべきではないでしょうか。それに、カダフィーのみならず、カダフィー派の人々も裁判もせずに暴行を加えたあげく、処刑しているという報告がされています。これでは、民主主義ではなく、ただの権力闘争に過ぎないと思いますし、大変きつい言い方になりますが、こんな事をしている政府をリビア人は支持しているのかと思うと、リビア人自体の品位まで疑ってしまいますし、これではカダフィーの間違いを繰り返しているに過ぎない様に思えるのですが。何も進歩していない様に思えます。人権活動家として、こんな事を受け入れてしまうのですか?

    Q6. この革命で、亡くなった死者5万人の犠牲と、インフラの破壊と引き換えに、一体リビア国民にとって、どれほどのメリットがあったのでしょうか?

     革命派の破壊行為は、リビアの国土を荒廃させ、むしろ当初のカダフィー政権で貴方が問題視している、医療や教育を受けるべき筈の人々が大量に死に、更には武器の流出により、リビアのみならず、アフリカ諸国、中東世界の治安の低下まで招き、生活の向上を目指していた筈の目的から、酷くずれてしまっている様に思うのです。果たして、この大量虐殺の結果としてメリットがあったのでしょうか。凄い矛盾です。もし、本当に国民議会が、リビアの民主主義の発展と国民の平和を願っていたなら、国民自身が傷つく事を第一に避け、被害は最小限にして、停戦し、カダフィーと和平交渉をしたのではないでしょうか。カダフィー派だろうが、反逆者だろうが、同じ大切なリビア人の筈。それが民主主義です。カダフィーさえ殺してしまえば、道が開けるなどという単純な問題だったのでしょうか。もしかしたら、リビアは破滅の道を歩いているのではないか、という気がしてならないのですが。

     大切なのは、この地球上で、何億もの人が、とにかく食べて行ける事、そして全ての命の尊厳を守る事だと思うのです。自分と自分の家族さえ良ければ良いのでなく、日本人だけが満足なのでも駄目だし、リビア人だけが満足なだけでも駄目です。人間だけが、満足なのも駄目。世界中の全ての命と命が、強調しあい、助け合う生き方を求めた上での話し合いでなければ、本当の民主主義とは言えないし、平和とも言えないし、これからの地球上で人間自体が生きる事すら難しくなると思います。そう言う平和な世界を、皆が求めて初めて、お互いの意見を受け入れて行く事で、人間は進歩と成長ができるのです。相手が気に入らないから殺す、というのはルール違反だし、その社会の成長が止まってしまいます。

     戦争という手段は、卑劣で最低最悪の手段です。自然も人間も全て破壊し、どちらが勝っても、国もこの地球自体も貧しくなります。皆、同じ人間ではないですか?お金が手に入っても、買うべき食物も、飲み水も無くなったら意味が無いではないですか。無減の経済の拡大など存在しないのに、その愚かさに、どうして皆気づかないのでしょう?それとも、それらのことを全て解っていても、どうしても5万人も殺害しなければならなかったのでしょうか?

  • 七田ゆり

    回答ありがとうございます。

    本当は、お会いして直にお話ししたいくらいなのですが、なんとか質問がまとまったので、恐縮ですが、次の事を教えて下さい。たくさんあって、ごめんなさい。なにしろ、日本には一切リビアの情報がありません。日本人が判断する材料があまりにも少なすぎるのです。なるべく、細かい情報が欲しいのです。

    Q1. これらの事はほんとうですか?

     貧しい者には住居の無償提供、新婚夫婦には5万ドル国から家支給。リビア人がリビアで必要な医療と教育を見つけられない場合、政府は彼らが外国へ行けるよう手配する。リビア人が車を買えば政府が半額支払う。電気代はただ。ガソリン代は0.14ドル/L。国外に行く者には旅の資金を持たせ、銀行は国有化し、ローンは無利子。農業従事者には、初期投資の家、家畜、種子、土地、器具を全て無償で提供。

     リビアの自然環境はどうでしたか?水は汚れていましたか?工業汚染による公害がひどく、体の弱い人、病気の人は多いのですか?農業は有機農業か、それとも農薬の多い化学農法?スラムはありましたか?子供の死亡率は?

    病院一つを例にとっても、病院の設備が高度である事だけが、その国の豊かさを示す物とはいえないと思います。日本の様に、原発で放射能汚染されて、その為に病院で放射線治療を受けるなんて馬鹿げた事をする必要がなく、野性的で、健康でタフな国民がほとんどならば、医療など最低限で良いと思います。部分だけを見ても、その事がリビア社会全体の中で、どういう意味をなしているか、相対的に見て初めてその国のQOLが解るのではないでしょうか。また、物事の善し悪しというのは、その人の持つ価値観に左右される物ですから、スレイマンさんが人生のどれだけの経験を通して、どれだけ世界に対して広い視野を持ち、どういう価値観を背景として良しとしているかで、貴方の語る全ての事にそのフィルターがかかってしまいますよね。例えば、インドネシアのお金持ちに日本に来て何が食べたいかと聞くと、宅配ピザだったり、ファーストフードだったりする。日本の田舎の人も同じ。彼らにとっては、こういう物が、発展のシンボルなのです。でも、東京育ちで、中流以上の人は、皆ではないけれど、お母さんが一から作る手作りピザの方が、余程豊かで、宅配ピザなんて、日本では貧しい人が食べる物だと思う人が増えています。その上、そのピザ生地の小麦粉が、自分の畑でとった物だったら、これ以上の豊かさはない。なぜかというと、日本人はお金は持っていても、家に庭のない人の方が多く、小麦はおろか、花の種を蒔く暇さえないから。そして、豊かさというのは、お金からではなく、愛と命から生まれる物だから。今の日本人は、お金や仕事は生きるに最低限で良いから、家族が仲良く生活して、心豊かに生きられたら良い、という方向に向いているのです。だから、豊かさといっても、その人の考えの背景が違うと、このように全てが逆転してしまいます。ですから、もっと受ける人が自由に意見を述べられる様に、数少ない日系リビア人として、細かい情報を提供して頂けるとありがたいのですが。そこには、反対意見も含め様々な見方が出るでしょうが、リビア人と日本人の価値観の違いなど、貴方一人では気づけない事を、他の人が気づかせてくれると思います。

    Q2. カダフィー支持者と、反逆者の価値観の違いは、何でしょうか?

     私はこれまで、カダフィーと反政府派のリビア人の気持ちについてできる限りの情報を得ましたが、カダフィーの何が問題だったか実は、全くピンとこないのです。多くの反逆者のインタビューでは、「あいつさえいなければ!」という台詞と、言論の弾圧と言う事ぐらいしか聞こえてこないのです。

     90年にNATOが爆撃をし、アメリカなどが経済制裁をする前は、それなりに国民は満足していたのですよね?カダフィーに対する国民の支持率は90%だった、という情報がありますが本当ですか?you tubeの映像を見ても、町中の人がカダフィーに手を振っていました。(これは、やらせだったのか?)それが一体どうして、これほどまでに憎い相手になったのでしょう?一説には、革命派が集会をしている国民に向かって狙撃し、それをカダフィーの仕業だとデマを流したと言う話があります。シリアもそうでしたね。シリアの、村人はアサド政府軍に殺されたのではなくて、スンニ派の人々、或はアルカイダに殺されたと報告されています。なぜなら、彼らは、ナイフで首を切られたりしており、もし政府軍の仕業なら、大砲などを使っていた筈で、こういう手口はあり得ないと報告されています。

     フランスやイギリスののフリーのジャーナリスト達はしきりにカダフィーを弁護していますし、フランス在住のリビア人初め、アフリカ系のフランス人は、しきりにカダフィー支持のデモをしています。2011年7月1日、国民600万人のうち、170万人が、トリポリの広場に集まり、政府軍から支給された武器を持ち、カダフィーとともにNATOの爆撃に挑戦する意思を表明し、この人々はかなり亡くなったのですよね。これも映像で見ると凄い熱気のある集会でしたね。

    このカダフィーファンがある一方、カダフィーが憎くて仕方の無い人々がいましたが、貴方の目から見て、ご自分達と彼らの立場、考え方の違いは何だったのでしょうか。

     カダフィーはアメリカから国際的いじめをうけて、テロの犯人に決めつけられたり、散々な目にあっています。ロッカービーだって、本当は関係のない事だったのに。そう言う訳の分からない、いちゃもんがあまりにも多いので、正直言えば、カダフィーのアブースリムの1200人の政治犯の虐殺が本当にあったのかどうかさえ、信じられないのです。西側やアメリカのスパイである国民議会や、ユダヤ人に乗っ取られてしまったアルジャジーラがでっち上げしているのではないかと。これはどういう筋からの情報でしたか?スレイマンさんは実際に、かつてからカダフィーが国民に向けて発砲した所を目撃したのですか?

    Q3. カダフィーが銀行のローンを無利子にし、アフリカ金融機構をつくり、IMFからアフリカの国々が借金をしなくて済む様にし, アフリカ合衆国運営の独自の通信衛星を打ち上げる計画の大半の3億ドルをカダフィーが資金繰し、この衛星を打ち上げるのに、アフリカ諸国は、たった一度全部で4億ドルを支払えばすみ、欧米に毎年支払っていた5億ドルを節約できる。貴方は、これをご存知でしたか?そして無能なことだと思いますか?一体この事を国民は知っていたのでしょうか?

     自由自由と言いますが、生きて行く上で、制約の無い世界など存在しません。私は今年49歳になりますが、先進国日本のバブル期から現在までずっと見て参りましたが、金融の自由化が何を起こしたかと言えば、経済破綻と、経済的暴力と、格差社会の出現だけです。人が生活するのに基本的な物質の生産量も、必需品の消費量は、今までと変わりないのに、お金がなくなって、生活ができなくなっているのが日本です。それじゃ、銀行でお金をすりましょうって?じゃあ、今までローンの利子を返すのに、あくせく働いていたのは何だったんだ?と思います。馬鹿にしてると思いませんか?それなら、始めから銀行が利子を取らなければ良い事じゃないか、銀行さえ無ければ世界は平和じゃないかと。これははっきり言って、暴力ですよ。そう考えると、カダフィーの金融政策は、なかなか画期的だったと思うのですが。

    Q4. リビア人に武器を持たせたのは一体誰だったのでしょう。不満があっても、殺したりしない国もたくさんあります。なぜ、リビア人は同じ国の人間同士で、殺しあうのですか?政府批判は、公にはできなかったと言いますが、もっと具体的にどう行われていたのでしょうか。いわゆる、ミャンマーやチベットのような恐怖政治だったのですか?

     私が今までに触れた情報からすれば、どうもリビアは随分と恵まれた国だった様に思うのです。あからさまな言論の弾圧を除けば、私の見たインドやインドネシアから比べれば、天国のようです。インドネシアの公教育なんて幼稚そのものですし、貧富の差も凄いですし、監獄なんて、それこそ否人道的な拷問に近い物があります。医療も本当にお粗末です。それに、教育に関しては日本についても言えますが、マークシート式のテスト漬けで、何の疑問も持たずに大人になるような国民だからこそ、あんな馬鹿げた原発なんかを、反対もせずに今まで来てしまったのですからね。自分達の生きている社会や、学校、行政に疑問を持ったり、異議を唱えれば、学校では仲間はずれにされる。こんな中でも、一部の人は目覚めていて周りの圧力に耐えながら、この社会に警鐘を鳴らすのですが、それでも、日本もインドネシアもインドも、武器を持って国会議員や自分の反対派を襲って殺したりはしません。それこそ、チベットなんか、中国からの弾圧で、地獄のようですけれど、彼らは焼身自殺をして、世界に助けを訴えていますが、武器は取りません。では、リビアと、日本、インドネシア、インド、チベットは何が違うのでしょうか。私的には、もしリビア人の手に、武器さえわたらなければこんなばかげた騒ぎにはならなかったのではないかと思うのですが、貴方はどう思われますか?智慧の無い者に武器を持たせる事ほど恐い者はありません。その武器を持たせたのは一体誰だったのでしょう。

    Q5. カダフィーのみならず、カダフィー派の人々も裁判もせずに暴行を加えたあげく処刑し,5万人もの犠牲者を出した国民議会政府は、戦争犯罪者ではないのでしょうか?

     カダフィーの政治犯の虐殺があったとすれば、それは人道的に赦されることではないし、そう言う形で宗教や言論の自由を制約されるのは確かに辛い出来事だったとは思いますが、そのたった一人のカダフィーを殺す為に、5万人の死者を出したというこの戦争は、れっきとした犯罪ですし、そう言う戦争に多くの国民をまきぞいにして駆り出した、国民議会政府は、戦争犯罪者として裁かれるべきではないでしょうか。それに、カダフィーのみならず、カダフィー派の人々も裁判もせずに暴行を加えたあげく、処刑しているという報告がされています。これでは、民主主義ではなく、ただの権力闘争に過ぎないと思いますし、大変きつい言い方になりますが、こんな事をしている政府をリビア人は支持しているのかと思うと、リビア人自体の品位まで疑ってしまいますし、これではカダフィーの間違いを繰り返しているに過ぎない様に思えるのですが。何も進歩していない様に思えます。人権活動家として、こんな事を受け入れてしまうのですか?

    Q6. この革命で、亡くなった死者5万人の犠牲と、インフラの破壊と引き換えに、一体リビア国民にとって、どれほどのメリットがあったのでしょうか?

     革命派の破壊行為は、リビアの国土を荒廃させ、むしろ当初のカダフィー政権で貴方が問題視している、医療や教育を受けるべき筈の人々が大量に死に、更には武器の流出により、リビアのみならず、アフリカ諸国、中東世界の治安の低下まで招き、生活の向上を目指していた筈の目的から、酷くずれてしまっている様に思うのです。果たして、この大量虐殺の結果としてメリットがあったのでしょうか。凄い矛盾です。もし、本当に国民議会が、リビアの民主主義の発展と国民の平和を願っていたなら、国民自身が傷つく事を第一に避け、被害は最小限にして、停戦し、カダフィーと和平交渉をしたのではないでしょうか。カダフィー派だろうが、反逆者だろうが、同じ大切なリビア人の筈。それが民主主義です。カダフィーさえ殺してしまえば、道が開けるなどという単純な問題だったのでしょうか。もしかしたら、リビアは破滅の道を歩いているのではないか、という気がしてならないのですが。

     大切なのは、この地球上で、何億もの人が、とにかく食べて行ける事、そして全ての命の尊厳を守る事だと思うのです。自分と自分の家族さえ良ければ良いのでなく、日本人だけが満足なのでも駄目だし、リビア人だけが満足なだけでも駄目です。人間だけが、満足なのも駄目。世界中の全ての命と命が、強調しあい、助け合う生き方を求めた上での話し合いでなければ、本当の民主主義とは言えないし、平和とも言えないし、これからの地球上で人間自体が生きる事すら難しくなると思います。そう言う平和な世界を、皆が求めて初めて、お互いの意見を受け入れて行く事で、人間は進歩と成長ができるのです。相手が気に入らないから殺す、というのはルール違反だし、その社会の成長が止まってしまいます。

     戦争という手段は、卑劣で最低最悪の手段です。自然も人間も全て破壊し、どちらが勝っても、国もこの地球自体も貧しくなります。皆、同じ人間ではないですか?お金が手に入っても、買うべき食物も、飲み水も無くなったら意味が無いではないですか。無減の経済の拡大など存在しないのに、その愚かさに、どうして皆気づかないのでしょう?それとも、それらのことを全て解っていても、どうしても5万人も殺害しなければならなかったのでしょうか?

    • adel

      Q1. これらの事はほんとうですか?
       貧しい者には住居の無償提供、新婚夫婦には5万ドル国から家支給。リビア人がリビアで必要な医療と教育を見つけられない場合、政府は彼らが外国へ行けるよう手配する。リビア人が車を買えば政府が半額支払う。電気代はただ。ガソリン代は0.14ドル/L。国外に行く者には旅の資金を持たせ、銀行は国有化し、ローンは無利子。農業従事者には、初期投資の家、家畜、種子、土地、器具を全て無償で提供。
       リビアの自然環境はどうでしたか?水は汚れていましたか?工業汚染による公害がひどく、体の弱い人、病気の人は多いのですか?農業は有機農業か、それとも農薬の多い化学農法?スラムはありましたか?子供の死亡率は?
      病院一つを例にとっても、病院の設備が高度である事だけが、その国の豊かさを示す物とはいえないと思います。日本の様に、原発で放射能汚染されて、その為に病院で放射線治療を受けるなんて馬鹿げた事をする必要がなく、野性的で、健康でタフな国民がほとんどならば、医療など最低限で良いと思います。部分だけを見ても、その事がリビア社会全体の中で、どういう意味をなしているか、相対的に見て初めてその国のQOLが解るのではないでしょうか。また、物事の善し悪しというのは、その人の持つ価値観に左右される物ですから、スレイマンさんが人生のどれだけの経験を通して、どれだけ世界に対して広い視野を持ち、どういう価値観を背景として良しとしているかで、貴方の語る全ての事にそのフィルターがかかってしまいますよね。例えば、インドネシアのお金持ちに日本に来て何が食べたいかと聞くと、宅配ピザだったり、ファーストフードだったりする。日本の田舎の人も同じ。彼らにとっては、こういう物が、発展のシンボルなのです。でも、東京育ちで、中流以上の人は、皆ではないけれど、お母さんが一から作る手作りピザの方が、余程豊かで、宅配ピザなんて、日本では貧しい人が食べる物だと思う人が増えています。その上、そのピザ生地の小麦粉が、自分の畑でとった物だったら、これ以上の豊かさはない。なぜかというと、日本人はお金は持っていても、家に庭のない人の方が多く、小麦はおろか、花の種を蒔く暇さえないから。そして、豊かさというのは、お金からではなく、愛と命から生まれる物だから。今の日本人は、お金や仕事は生きるに最低限で良いから、家族が仲良く生活して、心豊かに生きられたら良い、という方向に向いているのです。だから、豊かさといっても、その人の考えの背景が違うと、このように全てが逆転してしまいます。ですから、もっと受ける人が自由に意見を述べられる様に、数少ない日系リビア人として、細かい情報を提供して頂けるとありがたいのですが。そこには、反対意見も含め様々な見方が出るでしょうが、リビア人と日本人の価値観の違いなど、貴方一人では気づけない事を、他の人が気づかせてくれると思います。

      A1. ご質問にあるユートピアはリビアではありません。上記で書かれていることで事実なのは、ガソリンの価格とローンの事くらいでしょう。カダフィ政権時代は基本的に緑の書がほぼほぼ憲法的な書でした。その緑の書に書かれている文章に「家は住んでいる人のもの」と書かれている部分があります。これをきっかけに最低な事態がおきました。家を一軒持っている人がもう一軒家を建設しているときに、別の家を持っていない人がそこに住むとその家は家を持っていないホームレスの人の持ち物に出来てしまうのです。そのため、多くの人々が実際所有していた持ち物を知らない人に乗っ取られました。この事態はチュニジアで革命が起きた際にカダフィが再度唱え、物議をかもしました。そのため、たまに日本語の文章で見受けられるユートピア的なおとぎ話はリビアでは起きていません。

       リビアの自然環境は発展途上国の常であるように、経済発展を優先しあまり配慮されていませんでした(現在でもそれは続いています)。農産物の多くは農薬が多く使われていて、出荷を重視してしまう農家が多いと感じていました。これも生活面で農家たちが余裕を持っていなかった
      裏付けではないかと考えています。スラムに関しては、カダフィ政権時代はそれほど見受けられませんでした。その理由は社会主義国家であったため、日常生活に必要な食費などは政府が国民に安く提供する仕組みを作っていたからです。例えば、配給制度などです。また、リビアではパンが主食だったため小麦粉代は政府がほとんどを負担していました。そのため、国民は非常に安価で購入する事が出来ました。(この政策は今でも続いています)。また、教育、医療は基本的に無料でした。病院に関しては、最低限の治療しか行えません。そのため若干お金に余裕のあるリビア人は手術や出産、リハビリなどを隣国のアラブ諸国で行っていました。

       何度か申し上げているかとは思いますが、私はカダフィ政権時代を全て否定するつもりはありません。しかし、Celebrity net worth が発表した情報によると、「人類史上リッチランキング」7位がカダフィで、個人資産が2000億ドル。信じられません。
      リビア人はよく、「最も金持ちな国に住む、最も貧困な国民はリビア人だ」と言っていました。私もそう思います。リビアの経済的ポテンシャルや、地理的優位性を考えれば、リビアの底力はこんなものではないと思います。それを私利私欲を優先させたカダフィは総合的にはリビアのマイナスであったと考えています。
      また、私の価値観は私の物です。それにどうこう言われる筋合いはありません。私が書いている文章や発言は私の物で私を代表していて、私の考えです。それに賛同、または反対するのはそれを聞いた人が判断するべきものです。私の意見に対する正当な批判は真摯に受け止めます。そして反省もしたいと考えています。しかし、現在私はどこの政党も、組織も代表して発言しているつもりはありません。個人の意見を自由に発したいと考えています。これはカダフィ政権時代では行えなかった事なのです。それを象徴するのが、カダフィ政権崩壊後リビアには300にも及ぶ新聞(インターネットのみの物も含む)が発行されました。国民が発言する機会に飢えていた証拠だと思います。

      Q2. カダフィー支持者と、反逆者の価値観の違いは、何でしょうか?
       私はこれまで、カダフィーと反政府派のリビア人の気持ちについてできる限りの情報を得ましたが、カダフィーの何が問題だったか実は、全くピンとこないのです。多くの反逆者のインタビューでは、「あいつさえいなければ!」という台詞と、言論の弾圧と言う事ぐらいしか聞こえてこないのです。
       90年にNATOが爆撃をし、アメリカなどが経済制裁をする前は、それなりに国民は満足していたのですよね?カダフィーに対する国民の支持率は90%だった、という情報がありますが本当ですか?you tubeの映像を見ても、町中の人がカダフィーに手を振っていました。(これは、やらせだったのか?)それが一体どうして、これほどまでに憎い相手になったのでしょう?一説には、革命派が集会をしている国民に向かって狙撃し、それをカダフィーの仕業だとデマを流したと言う話があります。シリアもそうでしたね。シリアの、村人はアサド政府軍に殺されたのではなくて、スンニ派の人々、或はアルカイダに殺されたと報告されています。なぜなら、彼らは、ナイフで首を切られたりしており、もし政府軍の仕業なら、大砲などを使っていた筈で、こういう手口はあり得ないと報告されています。
       フランスやイギリスののフリーのジャーナリスト達はしきりにカダフィーを弁護していますし、フランス在住のリビア人初め、アフリカ系のフランス人は、しきりにカダフィー支持のデモをしています。2011年7月1日、国民600万人のうち、170万人が、トリポリの広場に集まり、政府軍から支給された武器を持ち、カダフィーとともにNATOの爆撃に挑戦する意思を表明し、この人々はかなり亡くなったのですよね。これも映像で見ると凄い熱気のある集会でしたね。
      このカダフィーファンがある一方、カダフィーが憎くて仕方の無い人々がいましたが、貴方の目から見て、ご自分達と彼らの立場、考え方の違いは何だったのでしょうか。
       カダフィーはアメリカから国際的いじめをうけて、テロの犯人に決めつけられたり、散々な目にあっています。ロッカービーだって、本当は関係のない事だったのに。そう言う訳の分からない、いちゃもんがあまりにも多いので、正直言えば、カダフィーのアブースリムの1200人の政治犯の虐殺が本当にあったのかどうかさえ、信じられないのです。西側やアメリカのスパイである国民議会や、ユダヤ人に乗っ取られてしまったアルジャジーラがでっち上げしているのではないかと。これはどういう筋からの情報でしたか?スレイマンさんは実際に、かつてからカダフィーが国民に向けて発砲した所を目撃したのですか?

      A2. 90年の空爆とはなんの事でしょうか?アメリカにリビアが空爆されたのは1986年の事です。経済制裁もその時代です。その時のリビアの政治政策は「外部を見せ、内部を見せず」です。これはカダフィ政権中長くとられていた政策です。世界に多く存在する独裁国家で、衛星放送に規制をかけなかったのは、リビアくらいではないでしょうか。さらにはインターネットにも規制をかける事はありませんでした。これは外国で起きている事に興味を持つ事はなんの問題もなかったのです。しかし、国内で何が起きているなどはほとんど誰も知りませんでした。リビアが大量破壊兵器放棄を決めたときも、多くの国民は「え?持ってたの?」と感じたのではないでしょうか。そのため、外部の情報には多くの国民がアクセスできました。しかしそれは海外へ優秀な人材が行ってしまうことにもつながりました。国内で自分は過小評価されていると気付くと多くの頭脳派は海外で職を探しました。リビアは生きて行くには何の問題もない国でしたが、それ以上を求めると苦しい立場におかされる国でした。69年にカダフィ政権が誕生した時の人気は非常に高かったです。彼の人気は政策や経済発展が根源ではないように感じます。彼のカリスマ性に魅せられた国民が多かったのでしょう。歯に衣着せぬ態度は見ていて爽快感があります。しかし、逆に彼の発言一つで物事がコロコロ変わってしまうと言う事です。彼の支持率が一気に落ちたのは、ロッカビー事件の時でも、経済制裁されたときでも、アブースリム刑務所事件の時でもなく、アラブの春が始まったときにデモ隊に発砲した事でしょう。そのときの空気や、国民が感じていた勢いに拍車をかけ、彼の人気は失われました。パレード等で騒いでいる親カダフィ派は、ホンモノもいるとは思いますが、サクラもいます。また、多くの人は「その方が生きて行くのに便利だから」と考えていた人が多かったのではないでしょうか。

      政府派と反政府派の違いは、多くのリビア人は反政府派の感情を抱いていたと考えています。反政府的な感情の根源は国民によって違うとは思います。多数派が生活環境、失業率などに不満を持っていて、少数派に言論の自由などに不満をもっていました。そのため多くの人が反政府デモがに参加したのだと思います。政府派はカダフィ制度が続いた方が有利な人、もしくはカダフィの方が今後新生リビアのリーダー、リビア全体の行く末が不明であるよりかは安心だと考える人の違いだと思います。

       シリアの部分で七田さんが書かれている、「スンニ派やアルカイダ」とはどういう定義なのでしょうか?シリア国民の多くはスンニ派ですし、アルカイダは誰だって名乗ればアルカイダです。それが、政府が行った行為かどうかを判断する物差しにはいっさいなりません。ご存知かとは思いますが、混乱が国でおこると、時の政権は恐怖感をあおるために、レイプや虐殺、惨殺、デマなどを使い、今回の混乱を治めるためには政権側につくべきと国民に訴えます。これはリビアでも使われた手法です。しかし、残念ながら反政権側も同様の手法を使ってしまう事がある事は事実です。そのため、戦争は始まった時点で両者ともに敗者である事を事前に知っておかなければいけないと私は考えています。

       最後にカダフィ政権が国民に対して発砲した事があるかどうかの有無についてですが、100%あります。断言します。それは銃の発砲だけではなく、反逆者には死しか待っていません。実際私も日本で行ったデモの後、リビアのブラックリストに同胞数名と載っていました。つまり、捕まったら死刑が確定していたという事です。

      Q3. カダフィーが銀行のローンを無利子にし、アフリカ金融機構をつくり、IMFからアフリカの国々が借金をしなくて済む様にし, アフリカ合衆国運営の独自の通信衛星を打ち上げる計画の大半の3億ドルをカダフィーが資金繰し、この衛星を打ち上げるのに、アフリカ諸国は、たった一度全部で4億ドルを支払えばすみ、欧米に毎年支払っていた5億ドルを節約できる。貴方は、これをご存知でしたか?そして無能なことだと思いますか?一体この事を国民は知っていたのでしょうか?
       自由自由と言いますが、生きて行く上で、制約の無い世界など存在しません。私は今年49歳になりますが、先進国日本のバブル期から現在までずっと見て参りましたが、金融の自由化が何を起こしたかと言えば、経済破綻と、経済的暴力と、格差社会の出現だけです。人が生活するのに基本的な物質の生産量も、必需品の消費量は、今までと変わりないのに、お金がなくなって、生活ができなくなっているのが日本です。それじゃ、銀行でお金をすりましょうって?じゃあ、今までローンの利子を返すのに、あくせく働いていたのは何だったんだ?と思います。馬鹿にしてると思いませんか?それなら、始めから銀行が利子を取らなければ良い事じゃないか、銀行さえ無ければ世界は平和じゃないかと。これははっきり言って、暴力ですよ。そう考えると、カダフィーの金融政策は、なかなか画期的だったと思うのですが。

      A3. アフリカ金融機構の事は知っていました。そのため今回の革命でカダフィが殺害されたと唱える人もたくさんいます。現在もyoutubeなどで見る事が出来ます。もしこれが実現していればアフリカにとって非常に大きな出来事であったことは確かです。しかし、これもカダフィ自身が国家としてではなく、個人として決めた事です。国民がこれらに関して何らかの意見を述べたと言う経緯はありません。
      私が自由が大切だと思うのは、人が生きて行く上で重要だと思うからです。また、民主主義が完全なる正義だとも思いませんが、民主主義(投票)が重要だと思うのは、国民が国の行く末に物言い出来る事がからです。自由経済や資本主義が正解や正義だとは思いませんが、世界の経済は現在資本主義を中心に回っています。それに乗るのも、乗らないのもその国が決める事です。もちろん、経済的な発展だけを望んでいればそのレールに乗るしか選択しはありません。しかしそれは本当の豊かさとは何なのかを自問自答しる結果になっています。多くの先進諸国はその疑問を抱えていると思いますが、それはその国が経済的な恩恵をある程度受けたから、資本主義に対する負の側面にも目を向けられるようになったからだと思います。発展途上国は今は経済的にのびたい、他の諸国と経済的に肩を並べたいと思っていて資本主義に賛同する傾向にあると思います。最終的にどのような国家になりたいかはその国民が決めればいい事だと思います。その国民が資本主義こそが我が国の進む道という選択をすればそれがその国にとってその時点での正義ではないでしょうか。自由な意見が言え、自由な選択を国民が取れる事こそが大事なのです。その結果国家が悪い方向に向かってもそれは自由の代償として、国家と国民がその責任を持たなければ行けないのです。その責任を果たすためにも、選択肢を国民に与えるべきと考えています。

      Q4. リビア人に武器を持たせたのは一体誰だったのでしょう。不満があっても、殺したりしない国もたくさんあります。なぜ、リビア人は同じ国の人間同士で、殺しあうのですか?政府批判は、公にはできなかったと言いますが、もっと具体的にどう行われていたのでしょうか。いわゆる、ミャンマーやチベットのような恐怖政治だったのですか?
       私が今までに触れた情報からすれば、どうもリビアは随分と恵まれた国だった様に思うのです。あからさまな言論の弾圧を除けば、私の見たインドやインドネシアから比べれば、天国のようです。インドネシアの公教育なんて幼稚そのものですし、貧富の差も凄いですし、監獄なんて、それこそ否人道的な拷問に近い物があります。医療も本当にお粗末です。それに、教育に関しては日本についても言えますが、マークシート式のテスト漬けで、何の疑問も持たずに大人になるような国民だからこそ、あんな馬鹿げた原発なんかを、反対もせずに今まで来てしまったのですからね。自分達の生きている社会や、学校、行政に疑問を持ったり、異議を唱えれば、学校では仲間はずれにされる。こんな中でも、一部の人は目覚めていて周りの圧力に耐えながら、この社会に警鐘を鳴らすのですが、それでも、日本もインドネシアもインドも、武器を持って国会議員や自分の反対派を襲って殺したりはしません。それこそ、チベットなんか、中国からの弾圧で、地獄のようですけれど、彼らは焼身自殺をして、世界に助けを訴えていますが、武器は取りません。では、リビアと、日本、インドネシア、インド、チベットは何が違うのでしょうか。私的には、もしリビア人の手に、武器さえわたらなければこんなばかげた騒ぎにはならなかったのではないかと思うのですが、貴方はどう思われますか?智慧の無い者に武器を持たせる事ほど恐い者はありません。その武器を持たせたのは一体誰だったのでしょう。

      A4. 上記でも述べたように戦争(武力闘争)が始まった時点で本当の勝者はいません。現在でも誰が反政府軍に武器を供給したのか、はっきりとした供給源は分かっていません。個人や組織が連携して入手したとの情報もありますし、政府側にいる軍人が金欲しさに反政府側に武器を売ったと言う話もあります。さらにはカタールなどのアラブ諸国が反政府軍へ武器の供給を行い、アラブ諸国内でのプレゼンスを強化する狙いがあったという話もあります。大前提としてリビアでは、二つのレッドライン(国民のタブー)があると言われていました。一つ目がカダフィ政権もしくはカダフィ家に対する批判。もう一つは武器の所持です。治安の悪化につながるのはもちろんですが、武器を国民が所有するという事は、国民が何らかの不満を持った際にクーデターの可能性があると考えられるからです。逆に言えば、それだけクーデターの可能性を孕んだ政策を行っていたと言う事です。

       七田さんがおっしゃている「恵まれた」とはどのような定義でしょうか?恵まれているのは国ですか?国民ですか?革命が始まる前の失業率は約30%あったも言われています。
      七田さんが見たインドネシアから比べても、それは七田さんがおっしゃられている価値観の違いであって、リビア人はインドネシアでどのような政策がとられていようと自分たちが不満に感じていれば、比較する意味はないのです。

       リビア人が望んで最初から武器を持ったわけではありません。国のため、祖国のために死ぬと言う人たちはリビアでは多くいますが、本当は自分のため家族のため自分が愛する人のために何かの変革が今必要であると考えたから戦ったのです。戦ったのは変革を実現するための方法でしかなかったのです。リビアでは変革の声すらあげられなかった42年間がありました。2011年に声をあげた時に彼らに待っていたのは、独裁者の銃弾でした。仲間や家族が目の前で殺されるのをみて、武器をとり、一国も早くそのサイクルを止めたかったのでしょう。決してリビア人全員が武器をとった訳ではありません。私はデモをして虐殺に反対しました。政治変革は武力闘争が終わった後でも可能だと考えたからです。

      Q5. カダフィーのみならず、カダフィー派の人々も裁判もせずに暴行を加えたあげく処刑し,5万人もの犠牲者を出した国民議会政府は、戦争犯罪者ではないのでしょうか?
       カダフィーの政治犯の虐殺があったとすれば、それは人道的に赦されることではないし、そう言う形で宗教や言論の自由を制約されるのは確かに辛い出来事だったとは思いますが、そのたった一人のカダフィーを殺す為に、5万人の死者を出したというこの戦争は、れっきとした犯罪ですし、そう言う戦争に多くの国民をまきぞいにして駆り出した、国民議会政府は、戦争犯罪者として裁かれるべきではないでしょうか。それに、カダフィーのみならず、カダフィー派の人々も裁判もせずに暴行を加えたあげく、処刑しているという報告がされています。これでは、民主主義ではなく、ただの権力闘争に過ぎないと思いますし、大変きつい言い方になりますが、こんな事をしている政府をリビア人は支持しているのかと思うと、リビア人自体の品位まで疑ってしまいますし、これではカダフィーの間違いを繰り返しているに過ぎない様に思えるのですが。何も進歩していない様に思えます。人権活動家として、こんな事を受け入
      れてしまうのですか?

      A5. 今回の出来事で死者・行方不明者で約5万人の人的被害を被ったリビアですが、その責任の所在は誰にあるのかを明確することはリビアにとって非常に大事だとおもいます。
      しかし、多くの人々がその責任はカダフィ政権にあると考えています。同時に誰も反政府軍のために戦ったと思っている人はいないと思います。当時、国民評議会政治的な反政府勢力であり、実際にカダフィ軍の戦ったのは各地に自主的に設立された自警団です。そのため逆に今になっても自警団の中には新政権傘下に入る事に反対的な立場をとっている人々もいます。この現象はリビアの安全保障、治安にマイナス的に働いています。
      紛争が起きていたときの国民評議会の政治的な立ち振る舞いは、評価出来るものだと個人的には思っています。自国だけでの解決を選ばず、国際社会の介入を選んだ事については賛否両論ですが、NATOへの飛行禁止領域を作り、カダフィ政権が国民を無差別に殺害する事を規制したことにより、多くの命が救われたと思います。もちろんNATO軍の空爆で亡くなった人たちもいます。それはそれで検証が必要な事例だと考えています。しかし、国民評議会とNATOの関係は100%人道的介入であったとは思いませんが、非常に平等な関係で近年慣れに見る介入だったと感じました。
       
       カダフィ派も反カダフィ派もお互いを憎み合い、非人道的な扱いをお互いにしています。この現象も新生リビアを作って行くために払拭しなければいけないことです。お互いに政治的、イデオロギー的な違いを認め合い、法に従い、生活を共にしなければいけません。しかし、残念ながら今リビアではそれが実現できていません。その理由はたくさんあるかもしれませんが、大きい物を言えば、やはり42年間にわたる弾圧を象徴するカダフィを今なお支持している人たちに反体制派の人たちは黙っていられないのです。この現象を放置する事はリビアにとって大変危険であります。言論の自由などにも関わってきますが、私が懸念しているポイントは人々が法や国家を重んじるのではなく、武力組織(当時の反体制派)に怯え、彼らの言いなりになってしまう、もしくは反発し更なる衝突が起きるということです。そのためには、国民、国家ともに何がリビアのためであり、何がそうではないかを考え、行動する必要があると思います。その一歩として先日議会で可決された、政治隔離法案は賛否両論あれ、その一歩だと認識しています。

      Q6. この革命で、亡くなった死者5万人の犠牲と、インフラの破壊と引き換えに、一体リビア国民にとって、どれほどのメリットがあったのでしょうか?
       革命派の破壊行為は、リビアの国土を荒廃させ、むしろ当初のカダフィー政権で貴方が問題視している、医療や教育を受けるべき筈の人々が大量に死に、更には武器の流出により、リビアのみならず、アフリカ諸国、中東世界の治安の低下まで招き、生活の向上を目指していた筈の目的から、酷くずれてしまっている様に思うのです。果たして、この大量虐殺の結果としてメリットがあったのでしょうか。凄い矛盾です。もし、本当に国民議会が、リビアの民主主義の発展と国民の平和を願っていたなら、国民自身が傷つく事を第一に避け、被害は最小限にして、停戦し、カダフィーと和平交渉をしたのではないでしょうか。カダフィー派だろうが、反逆者だろうが、同じ大切なリビア人の筈。それが民主主義です。カダフィーさえ殺してしまえば、道が開けるなどという単純な問題だったのでしょうか。もしかしたら、リビアは破滅の道を歩いているのではないか、という気がしてならないのですが。
       大切なのは、この地球上で、何億もの人が、とにかく食べて行ける事、そして全ての命の尊厳を守る事だと思うのです。自分と自分の家族さえ良ければ良いのでなく、日本人だけが満足なのでも駄目だし、リビア人だけが満足なだけでも駄目です。人間だけが、満足なのも駄目。世界中の全ての命と命が、強調しあい、助け合う生き方を求めた上での話し合いでなければ、本当の民主主義とは言えないし、平和とも言えないし、これからの地球上で人間自体が生きる事すら難しくなると思います。そう言う平和な世界を、皆が求めて初めて、お互いの意見を受け入れて行く事で、人間は進歩と成長ができるのです。相手が気に入らないから殺す、というのはルール違反だし、その社会の成長が止まってしまいます。
       戦争という手段は、卑劣で最低最悪の手段です。自然も人間も全て破壊し、どちらが勝っても、国もこの地球自体も貧しくなります。皆、同じ人間ではないですか?お金が手に入っても、買うべき食物も、飲み水も無くなったら意味が無いではないですか。無減の経済の拡大など存在しないのに、その愚かさに、どうして皆気づかないのでしょう?それとも、それらのことを全て解っていても、どうしても5万人も殺害しなければならなかったのでしょうか?

      A6. 5万人という数は、今回の戦闘で亡くなった全リビア人の数です。カダフィ派も反カダフィ派もいます。そのため、今回の戦争の責任は全リビア人にあります。どのような国を作りたいかは、今生きている全リビア人の責任なのです。今回の戦争のメリットはリビア人がリビアを取り戻したことしかありません。死者やインフラの破壊、少なからずひと家族に一人の死者を出した今回の戦争は決してリビアの明るい歴史ではありません。しかし、今回のマイナスがあったからこそ、本当のプラスを生むチャンスがリビア人の手に戻ったと考えています。最悪リビアが破綻国家となったとしてもそれはリビア人全員の責任です。国民主権を手に入れたにも関わらず、自国を破綻国家にしてしまったと言う責任を追う訳です。しかし、今まで通り独裁国家だった場合、破綻国家になった時に人々はその独裁者に全ての責任を押し付けるでしょう。それでは、国民である意味がない。その国の行く末に物言いが出来ない国民など、国民ではなく独裁者の家畜にすぎません。そのため、今回リビア人が憲法を作り、議会を構成し、今後のリビアの行く末を国民主権で決定する事が出来たならば、その結果に文句は言えなくなります。これが、私の主権がいかに大事かの理論です。

       確かに今回の戦争でリビアおよび周辺諸国の治安悪化へとつながったのは事実です。日本人が10人も亡くなったアルジェリア・イナメナス事件の武器もリビアから入手したとの報道もされています。このように今回の戦争で発生したデメリットは多く、解決困難なものが多いのは事実です。だからと言って現状に甘んじることなく、新生リビアはこういった課題に向き合わなくてはいけません。そのためにリビア人は今後憲法を作る際に自国がどのような国であるかを自分たちで考えなければいけないのです。イスラム国家にするのか、民主国家にするのか、王国にするのか、その場合どのようなメリットとデメリットがあるのかも国民自身が考えなければいけないのでうす。このような作業がリビアでは行われてこなかった。2012年の選挙の時も、有識者が集い、国民に政治の勉強会を開きました。つまり、市民団体が自主的にこのような機会を作り、国民に政治とはなにか、選挙とはなにかを教えたのです。以前のリビアでは考えられなかったことです。先進国から見ればアマチュア国家ですが、民主主義や共存、世界に対する責任、国家が国民に果たすべき責任、国民が国家に対し果たすべき責任、多くの事をリビア人は学ばなくてはいけません。それは多くのリビア人は理解していると私は信じています。しかし、時間もそれなりに必要であると思います。

       一気に書いたので、長文乱文ですが、七田さんの質問に対するお答えです。