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ムヒカ大統領のスピーチを翻訳してさまざまな意見があったなか、少し気になる点がありました。それは、ムヒカ大統領はこのRio+20のときだけにこんなスピーチをしているのか、あるいは普通の会話でもこのような考え方を貫いているのかという点です。大抵の国や組織のトップはスピーチスタッフに内容を丁寧に書いてもらってそれを自分流に読むのです。ムヒカ大統領もリオ会議のスピーチではメモのようなものを持っていましたが、それを読むのを諦めたのか右手に持っていた眼鏡を一回もはめませんでした。準備してあるプレゼンを読もうとしたけど、それよりも本当の気持ちをみんなに打つけたくてあのスピーチを話したのかもしれない。気になる。

 Youtubeを見ていたら、こんなムヒカ大統領のインタビューを見つけました。これはリオ会議の一ヶ月前に行われた、ベネズエラ放送局のLa Hojillaという番組のインタビューですが、内容がとても面白いのです。リオ会議のスピーチの前に行われたインタビューなのに、その内容がスピーチの続きのような感じがするのです。自分のお金ではなく、時間をどう管理するかどう使って行くのかをとても考えさせられました。
また翻訳してみましたので、ご覧ください。違っている点がありましたら遠慮なく下のコメント欄で教えてください。 

ムヒカ大統領インタビュー。消費主義社会について (訳:打村明)

ムヒカ大統領:マス消費主義な社会が経済を影響しているものになっていて、この使い捨てをする社会にはそのようなモデルがないと半永久的に消費することができないのです。それを変えるのが一番の難関ですね。

ある考え方をまた紹介させてください。

人は物を買う時は、お金で買っていないのです。そのお金を貯めるための人生の裂いた時間で買っているのですよ。

従って人を雇っている場合、その人の時間で物を買っていることになるのです。経済資源というのはそういう人生の時間を裂いたものから出来ているのです。

人間のもっとも大事なものが生きる時間だとしたら、この消費主義社会はそのもっとも大事なものを奪って行っているのですよ。

幼稚な考え方でとらえないでください。人間はもっと良い暮らしを持つためにものが必要なのですが、それを達成するために消費と仕事をどんどん増やさなければ行けない計画的陳腐化や底を知らない消費主義社会にイエスと言ってはいけないのです。だから社会主義が必要なんです、或はこういった問題を問いただす社会が必要なのです。これは命を食べるマシーンなのですよ。人の人生の時間を奪って行く現代の奴隷制度ですよ。

私の国では、国民は6時間労働を賛同しています。でもそれは労働時間を減らすためではなく、もうひとつの6時間労働の仕事が持てるためです。労働時間を減らすはずが、前よりも多く働いているのです。なぜか?

子供の頃からテレビスクリーンで見ているものが消費と消費、ものを買い続けることが幸せだというメッセージを受けているからです。そんな社会に私たちは押し込まれているのです。そんな社会を裁判にかけることは非常に危ない行為です。

インタビュアー:でも革命的ですよね

ムヒカ大統領:政治というのは哲学の分野を差し置いてはいけません。哲学がなければ、めざす道がないのです。そこに大きな違いがあります。もっと良い世の中の目指すということは中古車を集め、乗客率を倍にするということではありません。そんなことやっていたら水の泡です。人生を生きる時間を倍にするのです。

生きる時間とは何か?

自分が自由に使える時間のことです。やりたいことをやる時間のことです。ある人にとっては、それはサッカーをすることかもしれないし、別の人にとっては釣りをする時間ですし、木の下にいることかもしれない。

自分の人生の時間をすきなことに使っている時が本当に自由なときなのですよ。そして、自分と家族の物質的な欲求を満たすために働く時間は自由ではないのです。そこで昔ながらの欲求の法則にすっぽり入って行くのです。仕事が好きかどうかは別の話です。その働いていない時間のことが自由なのだと指しているのです。

自由になるための戦いというのはどれくらい自由な時間を確保できるかにかかっているのだと私は言いたいのです。もので溢れることが自由なのではなく、時間で溢れることこそが自由なのです。

しかし、マスメディアに影響され罠にハマっている我々の社会にこの捉え方はあまりにも複雑すぎるかもしれません。

自分を鎖で背中を打て(聖書で言う、自己鍛錬や罪を免除するための行い)なんて言ってません。貧乏人の誤りなんてしていません。制限と節度ある生活のコンセプトを提案しているのです。人生には制限もなければならないんです。制限がなければ。。。

インタビュアー:人生に制限が必要だなんて言っていたら独裁主義と言われないですか?

ムヒカ大統領:うん、たぶんそう言われるだろうね。でもその制限というのは文化や自由意志から生まれるものでなければならないのですよ。この議論から誕生しなければならない。あなたが人生をストリッパーとして過ごしたければ、私は「おお、彼はなんてすごいんだ。俺は頑張ってもステージにも上れないのに」と言ってやるよ。でもどんな人生を送るかはあなたの自由なのです、そんな自由な選択のためなら私は死んでもいい。自由意志から生まれた自由な選択と限られた選択肢から強引に選択させられるのとは別ものですよ。あの工場に12時間、16時間働かなければならない選択は自由とは言いえない。

インタビュアー:はい、消費による牢獄ですね。

ムヒカ大統領:そこにジレンマがあるのです。各社会が成長を目指す世界に私は長く浸かっていました。私の方が隣より数トン多くの鉄を作るからすごいとか、隣の鉄の方が良いから彼の事業を潰すとか、バカらしいんです!一番良いものを選ばなければならない。いまそう考えているんです。時間がないので提言をしてまとめてみるよ。そもそも提言する行為自体がとても大雑把すりるものだけどね。

人間というのは生物学的に見れば社会主義的な動物なのです。なぜかというと、人間という生き物が世界に誕生してから現代に至るまでの90%の時を先史時代に生きていて、その先史時代中は「私のもの」や「あなたのもの」という概念がなかった。「私たちみんなのもの」しかなかったんです。それが人間誕生からいままでの歴史大雑把にまとめたらそんな感じですよ。その歴史の残りの10%だけが現代のフェーズなのですよ。

生物学的に社会主義なのだけれど、歴史の出来事によって資本主義、商業主義的な人間に変わってきました。自分たちを矛盾しているのですよ。私たちのハードディスクは社会主義なのに、発展の歴史が私たちのOSを資本主義にしてしまった。何か繋がらないまま、何か足りないままさまよっているのです。

インタビュアー: 何を消費してもそうですよね

これはドン・キホーテがカブレロスでのスピーチでもこう言っています。「あなたと私のものがお互いを引き離す理由にならなかった時代は最高だった。その後は所有権によって私たちは離れていったのです」

 インタビュアー:それは彼女が作ったコンセプトですよね。

ムヒカ大統領:次に言うことはいろんな人にショックを与え、私は殴られるかも知れないが構わない、言ってやる。いまから言うことは近代科学や人類学の発見でもあるのですよ。これも分析に入れないといけない。要するに、人間の遺伝子には記憶があるんです。

インタビュアー:だから私たちのハードディスクは社会主義であるというのがあるのですね。人間は社交的な動物で一人では生きて行けない。社会なしの人間は何もできない。

ムヒカ大統領:なので、そんな罠にいまハマっているのです。そんな歴史的フェーズにいまいるのです。いま話していたことがラテンアメリカでは実験として試されているのだと私は思います。チャベスが「パチャママを傷つけるから穴を開けられない」と言ったり、私が「火で社会をまわすバイオ可熱物」と言ったりすると彼に怒られるのもそうです。やはり彼が正しいのでは?

共感できないものを理解するための努力をする社会にするにはどうすればいいんですか?理解するというのはプロセスなのですよ。

私が夢見る自由な世界というのは、みんな同じ考えで同じアイデンティティーを持ち、同じことを言う自由でではありません。自由というのは出発点にすぎません。そしてその後は。。。その後は私の残った人生でそれを確かめたい。