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みなさんこんにちは、久しぶりに日本語の記事を書きます。今日はとてもプライベートな内容を書きたいと思います。

この記事で皆様に我が家の三男が無事生まれた事をお知らせしたいと思います。打村ー上杉家の3本目の矢が加わりました。平坦ではなかったこの度の妊娠期間、切迫早産の状態と自宅安静を乗り切り40週ちょうどでの誕生となりました。家族や友人の皆様の支えに心の底から感謝しています。妻と子供の産後の状態も良好です。

今回は自宅出産をすることに決めました。そのことについてびっくり仰天した人が多かったので、この記事を通して説明と経験の共有をしたいと思います。

12月11日午前4:35分 生まれて数分後の息子です

すでに何人かには子供の誕生のニュースをつたえました。お祝いの言葉と硬いハグの後、当たり前のような会話が交わされます。

「何時に生まれたの?」
「名前はなんてつけたの?」
「お産には付き添った?」

長男と次男の反応はどうだったのか、順調だったのか、等々。

お産は自然分娩で自宅出産だったと聞くと、10人中9人はこういうリアクションをします。

みんな最悪な事態を想像していました。

「病院に間に合わなかったのかな?」(我が家からNICUのある総合病院までは車で5分弱で着きます)

「緊急の状況で仕方がなかったのかな?」

「家から出られず、医者がヘリコプターでやってきて、その間明はFBIのスパイと格闘していた?」

友達や親戚のほとんどが頭の中でアクション映画のワンカットを想像していたにちがいない。

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どうして自宅出産を選んだのか。

妊娠がわかった時、今回が最後かもしれないから、今までの出産と違った形で子供を迎えたいと思ったのが始まりでした。そしてたまたま妊婦と胎児の権利を優先したお産を行っている助産師がObsnaturaという所にいて、病院又は自宅出産の選択があることを知ります。
(このブログを読むのが初めての方、説明不足でした、私は現在チリに住んでいます。これ南米チリでのお話です。)
その助産師の名前はパウラ、彼女と初めての診察の時、
「妊娠経過に問題がなければ自宅出産の選択肢もありますよ」
と言われ、その時からそうしようかと妻のゆきと話し合いました。

そして、これまた偶然に親しくなった友達がドゥラー(妊娠期間と出産の付き添いやアドバイスを行う人)で、彼女の名前もパウラ。

この時初めてこの職業の事を知りました。今ではドゥラーは妊娠期間と出産の時に大きな役割を担っていることが分かります。妊婦の心のケア、お産に向けての準備、出産時のコーディネート、産後のケア、必要があれば家族に妊婦の気持ちを上手く伝えてもくれます。かつて妊娠期間や出産の大仕事がコミュニティーの女性達に支えられて行われていた時代の妊産婦の母親の役割のようです。

理由その1:出産中の妻のストレスを減らしたい

病院での出産は安心感はあるけれど、時には慣れない場所であるために母胎に身体的にも精神的にもストレスがかかりやすい点があります。お産の経過が母親のストレスで長引くと、それによって胎児に影響を及ぼす事もあります。

理由その2:上のお兄ちゃんたちの離れている時間を減らしたい

4歳と2歳の息子達にできたら立ち会い出産を経験させたいと思いました。チリでは低年齢の子供達の立ち会い出産は認められていなく、病室に宿泊できる病院もありません。自然分娩の場合の入院期間は2日ですが、その期間の子供達の様子が妻の心配事でした。そして僕も子供達を見なければならないため、出産の立ち会いはできないことになります。

理由その3:出産中はアシスタントになりたい

夫として、妻の手を握って励ますだけではなく、出産中に助産師やドゥラーのアシスタントとしてもっと積極的な関わりを持ちたいと思いました。

理由その4:出産のプロセスの過程で自由に行動を選択したい

例えば、お産の姿勢、部屋のどこで産むのか、ベットか、床か、浴槽か、父親がへその緒を切って保管する、胎盤の一部を産後回復のために妻が食す(この事で驚かれるかもしれませんが、多くの高級化粧品には胎盤が使われています)、残りの胎盤を飲み薬のカプセルとして加工してもらい産褥期に飲用する。

これが5日後届いた胎盤(プラセンタ)のカプセルです。

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殆どの哺乳類で見られる産後の胎盤の食用は、産褥期の回復を助けるために本能的又は文化的に行われてきました。動物の場合は出産の証拠隠滅をすることによって子供を守るため、自然治癒力を高めるためとも言われています。

胎盤の効能

  • ホルモンバランス改善
  • 失った鉄分の補充
  • 母乳の増量
  • エネルギーアップ
  • 悪露の減少
  • ホルモンバランスの偏りによる産後うつの予防
  • 子宮が元の大きさに戻るのを早める

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出産までの過程

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    3:00am: 妻に(以下ゆきと記します)50分前から強い陣痛が始まっていると起こされる。出産する場所は防水シーツとシーツ型大人のオムツで覆われ、バスタオル、手拭きタオル、産後用ナプキン、ベビー服、水分補給の水、着替えなどが準備されていた。

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    3:10am: ゆきはシャワーを浴び、陣痛の痛みをやわらげるために湯船に浸かる。お産手伝いにパラグアイから来ていた義母を起こす。

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    3:15am: 陣痛の間隔を計ってみる。陣痛の来る間隔は3分おきで、痛みのある時間は約1分。ゆきは呼吸に集中して痛みを逃してる様子。

    ドゥラーに電話して状況を説明、助産師にはゆきが既に連絡を入れてあったけれど、痛みが強くなってきたのでここからは僕が2人のパウラとのやり取りを行う。

    助産師はもう一人の産気づいた妊婦さんと病院にいて、交代してくれる別の助産師を待っていた。チリでは、病院勤務ではなく個人で助産師として仕事をしている場合でも、病院での出産の際にはその助産師が主体となって妊婦に付き添い出産に至ることができます。

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    3:30am:  ドゥラーのパウラが到着。アロマオイルを焚き、ゆきに励ましの言葉かけをする。10分後に助産師が駐車場に到着したので僕がゆきの背中をさすっている間にドゥラーはお産の道具を運ぶ手伝いに行く。

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    3:40am: 陣痛は更に強く、頻繁に長くなる。お腹と腰周りがメリメリっと割れるように痛むと言う。助産師は赤ちゃんの心拍数を確認する。

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    3:50am: いきんだ際に排泄物で水が汚れてしまったので浴槽から出て出産準備をした場所に移動、自分は湯船の掃除をする。後から聞くと痛みで恥ずかしさなんてなかったという。

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    4:00am: ベッドの隣で膝をついて助産師が持ってきたお産椅子にもたれかかるゆき(本来は便座のように座るものだが妻は身体を休ませるのにもたれかかった)。

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    色々な音がする中、上の息子たちはスヤスヤ寝息をたてている。子供の産まれた姿を最初にみられるようにと2人のパウラに言われてゆきの背後に座り、腰をさすったり、清掃したり、濡れたタオルを替えたり、水分補給を手伝ったりする。

    (ゆきにマッサージをしながら、女子高生が公衆トイレで出産した記事の内容を何故か思い出した。こんな大変な時に心と体のサポート無く出産しなければならない人の恐怖心と孤独感を想像して少し泣いてしまった。)

    さっきまでの痛みは無くなって、いきみたい感覚だけがあると言う。陣痛が終わるたびにフワーッとして癒しを感じるらしい。助産師によると、脳が放出するβエンドルフィンやドーパミンなどが痛みを緩和してくれているのだという。

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    4:35am: 背中をさすっていると、いきんだ瞬間に破水する。3人目にして初の自然破水に感動する妻。

    その後のいきみで赤ちゃんの頭が出て、一瞬目が合って驚く。
    次のいきみで体全体が出て産声を上げる。産まれた瞬間に胎便を排出する。長男の時も胎便を排出したため、病院では念のために検査が行われた。後2、3時間はかかるだろうと思っていたので、こんなに早くに誕生したことに内心驚きと感動が渦巻いていた。

    助産師が息子を受け取りゆきに手渡す。ハサミで息子のへその緒を切るが想像していたより固くまるてわホースのようだった。胎盤が排出され、ゆきをベッドに横たわらせ休ませる。その間助産師が息子の健診を行う。

    その後自分の腕に渡してくれたので、息子を初めて抱っこする。涙が流れそうになるのを我慢したが、もう一度父になれた喜びで心の中は幸せの涙でいっぱいだった。

    体重3870g、身長52㎝、頭囲38㎝の大きな赤ちゃん。東洋人の赤ちゃんの方が西洋人の赤ちゃんよりも平均的に大きいので驚かれる。

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    4:45am: イチゴと水に一切れの胎盤を加えジュースを作り、ゆきが飲む。残りの胎盤は午後から胎盤を加工してカプセルにしてくれる別のドゥラーが取りに来ることになっている。

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    5:00am: ジュースを飲んだ後、産後の処置を行い、子宮に残った胎盤の一部を取り出す。僕も胎盤入りジュースを飲んでみましたが、普通のイチゴのジュースの味と変わりありませんでした。

    次男が目を覚まし、何で知らないおばさんがライトでママの脚を照らしているのと聞きに行く。作業の邪魔にならないように次男を呼び止め、腕の中の弟を見せる。

    笑顔を見せる、まるで待ちわびていたクリスマスプレゼントが届いたかのように。長男も目を覚まし、驚きと喜びの表情を浮かべる。どうしてそこに赤ちゃんがいるのかまだ理解できないでいる。

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    5:30am  ゆきと息子の健診の後、義母に息子を渡して助産師と部屋の片付けをする。想像以上に片付けは簡単に済んだ。

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    6:30am: ゆきと三男は休み、息子達と助産師、義母と僕は早い朝食をとる。その後助産師は次のお産のために病院へ向かう事になり、荷物を降ろす手伝いをする。時には24時間以上起きてることもあるという彼女のお産への熱意に尊敬の気持ちしかありません。

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今回の出来事は心を豊かにしてくれる貴重な経験でした。何故自宅出産が社会にもっと受け入れられて普通の事にならないのか今でも考えさせられます。子供をもつことは人生におけるひとつの重大イベントだと思うので、今回自宅出産を選択し、希望した出産スタイルを経験することが出来て感謝の気持ちでいっぱいです。

朝食を食べながら助産師から聞いた話ですが、以前このような妊婦の権利を主体としたお産を普及させるために助産院を開設しようと試みたところ、チリには助産院という言葉も制度も無いので、政府からの支援も受けるのは難しく、クリニックという名目以外では開設できないということでした。

ブラジルのセアラ州には「光のプロジェクト」というJICAの支援事業で助産院が開設されています。

自分にできる範囲内で彼女達Obsnaturaの助産院を開設するプロジェクトの手伝いができたらと思います。

読者の皆様の中に開設の方法についてご存知の方がいらっしゃいましたら是非ご連絡いただきたいです。

今回の一つの節目の応援とサポートをして下さった家族、友人と団体の皆様にもう一度感謝の気持ちを表したいと思います。更に家族が増え、子供達に愛情を注ぎ、健康に教育して行く責任と人として良いお手本を見せて行きたいと思います。