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2011年2月15日すべての始まりはここからだった。
リビア東部にある街ベンガジは、首都トリポリに次ぐリビア2番目の都市。
ここで2月15日にとあるデモが始まった。このデモは、90年代にトリポリにある、アブースリーム政治犯収監刑務所で起きた1200人の政治犯の虐殺に抗議するデモであった。
このデモはベンガジにある裁判所の前で、遺族や弁護士らが定期的に行っていたもので、それほど珍しいものではなかった。しかし、これまでと違ったのは当時アラブ諸国は「アラブの春」を迎えていたのだ。
それが原因でこのデモは一気に盛り上がり、遺族や弁護士以外にも周辺住民を巻き込み、政治的なものへと変貌する。その結果、警察や治安部隊はデモ隊を鎮圧させるため、催涙弾をはじめとした武力を行使してきた。しかし、催涙弾ではデモ隊を解散させることはできず、当局は実弾の発砲を始めた。その際に死者数人を出してしまう。
また、これもリビア国内ではそれほど珍しい出来ごとではなかっただろう。しかし、この事件の一部始終を当時現場に居合わせた人が携帯電話のカメラで撮影し、インターネットの投稿サイトにアップしていた。
この動画がリビア国内を初め、アラブ諸国で注目を浴びる。その結果、正式には2月17日に反カダフィデモがベンガジで始まったのだ。これを皮切りにリビアの主要都市での反カダフィデモが展開される。
当時反カダフィデモで一番盛り上がりを見せたのがベンガジであった。ベンガジでのデモは日々繰り返し行われ、数万人のデモ隊が反カダフィを叫び街を歩いた。しかし、反体制デモが、非武装で平和的なデモ行っていてもそれを黙って見ているほど、カダフィ政権は甘くない。当局は徹底的にこのデモ隊を武力で鎮圧させようとしたが、無理だった。
数日後にはベンガジは軍隊を含むすべての政府機関を反カダフィ派に制圧され、ベンガジで国民暫定政府が立ち上がった。そして、反カダフィの波はリビア全土を覆い、同年8月20日には首都トリポリを解放し、10月20日リビア中部のシルトにて42年間リビアを統治していたカダフィが死亡し、最低3万人、最高5万人の死者を出したリビア革命は終了した。

これまでは、実際にリビアで起きた事実を書いたまでに過ぎない。日本でもこれらの事実は報道された。しかし、私が考える本当の革命はこれからだと思う。
リビアには憲法も、議会も、議員もいない。政治方針も決まっていない。国民はこの42年間選挙をした事が無い。民主化が成功したとメディアでは聞くけれど、国民はどのようにして民主化を進めればいいか本当に理解しているのだろうか?革命戦争で捕虜になった人々はどのように裁かれるのか?海外から報酬を求めてリビアで民間人を殺害した傭兵たちの裁判は?
考えるだけでも嫌になるほど、現在暫定政府が抱えている問題は山積みだ。しかも、これは氷山の一角にすぎない。見えない未来のために、暫定政府を初め、国民が一丸にならないとリビアの未来は明るくはならないだろう。
2011年2月15日に始まったデモから早、一年がたった。問題は山積みだが、一筋の光がリビア第3の都市ミスラタでみえた。それは42年間ぶりに地方選挙がつい先日行われたのである。これを皮切りにリビア全土での選挙が始まり、6月に新しいリビアのための選挙が始まる。
HANA.BIでは、どこよりも早く個人的に得た情報を書き記しながら、みなさんと一緒に今後のリビアについて考えていきたいと思う。